- 2026-7-14
- コラム
- 日教組の教師に他責思考で教わる通り勉強すれば、朱くなるかもしれませんね。自ら学ぶことを放棄したら、それは目と耳を塞いで妄信してるのと同じですよ? はコメントを受け付けていません

ども、のすたる爺です。
値から他責思考で生きてる人を見ると羨ましく感じることがあります。その思考で自責の念に苛まれることもなければ、心を病まなかったかもと思うと、いささか複雑な心境もあります。でもね、自ら進んで他責思考になる気にも慣れないんで、自虐的な被害妄想におy位要らない手ウドには、責任野津お罪にはある程度拘りたいですね。
拗らせて左派になるのは、まっぴら御免ですし…


自分じゃなくて社会が悪いの他責思考
マルクス主義における「他責思考」とは、個人の貧困や失敗の原因を「資本主義という社会構造や搾取する側(資本家)にある」とし、自分自身の行動や能力不足を省みない傾向を指します。
これは、社会を変革することで個人の状況も好転するという理論が、時に「すべての責任は社会にある」という極端な自己正当化や他者への責任転嫁(ルサンチマン)に結びつく心理的メカニズムです。
他責思考に陥る主な背景
- 構造的搾取の強調
マルクス主義は、資本家が労働者の剰余価値を搾取することで格差が生まれると分析します。この構造があまりに強調されると、「自分は被害者であり、資本主義システムが悪いのだから、自分個人の努力には意味がない」という思考を生む原因になります。 - 階級闘争による責任の所在の明確化
社会を「搾取する側」と「搾取される側」の二元論で捉えるため、問題を解決する主体が個人ではなく「プロレタリアート(労働者階級)全体の連帯と革命」になります。これにより、個人の課題解決能力よりも、体制への批判が優先される傾向があります。
他の心理的アプローチとの違い
自己啓発などでよく推奨される自責思考(すべての原因を自分に求め、改善しようとする姿勢)と比較すると、マルクス主義的なアプローチは環境要因や権力構造に目を向ける構造的視点に偏る傾向があります。このため、社会批判としては機能する一方で、個人のキャリアや生活改善においては「他責思考」として機能不全を起こすリスクが指摘されています。
ただの他責思考の共産主義者じゃねぇか!

メンヘラでゲーム業界引退に追い込まれた“しくじりゲームクリエイター”です。現在は障害者雇用農園で農作業に邁進中。玩具、ボードゲームの愛好家。老後に同好のでも集まったら、常設のボードゲームスペースでも開きたいとも思ってます。









