今日6月18日は、ひめゆり学徒隊に 解散命令が出された日。過酷な壕(ガマ)での医療活動は、死への恐怖と惨たらしい負傷兵への看護は想像を絶する光景だったはず…

  • 2026-6-18
  • 今日6月18日は、ひめゆり学徒隊に 解散命令が出された日。過酷な壕(ガマ)での医療活動は、死への恐怖と惨たらしい負傷兵への看護は想像を絶する光景だったはず… はコメントを受け付けていません

ども、のすたる爺です。

昭和20年6月18日ひめゆり学徒隊に 解散命令が出されました。米軍から敗走中の現地解散は軍として無責任極まりありませんが、案の定翌日の6月19日をはじめとする約1週間の間に全犠牲者の8割ともいわれる多数の犠牲を出しました。そのうちの10人(教師の平良松四郎と9名の生徒)は荒崎海岸で集団自決しています。

ひめゆり学徒隊は、太平洋戦争末期の沖縄戦において、看護要員として前線に動員された沖縄県立女子師範学校と沖縄県立第一高等女学校の生徒および教師(計240名)で構成された女子学徒隊です。過酷な壕(ガマ)での医療活動に従事し、半数以上の136名が命を落としました。

慰霊碑の「ひめゆりの塔」が有名で、映画・ドラマ・書籍・音楽など多くの作品が作られています。

戦争には負の側面が必ずあります。なので、戦争を自ら起こすことを日本は憲法で放棄していますし、それを支持しますが、相手が仕掛けてきた場合は別です。日本の独立が失われれば,過去の戦禍で失われた命に報いることができなくなります。日本の独立維持だけは是が非でも守らなければ、先人に対して申し訳が立他ないと思っています。

https://pbs.twimg.com/media/HLCDC0obUAEApxO?format=jpg&name=small
駿河屋フィギュア

関連記事

コメントは利用できません。

駿河屋フィギュア
ページ上部へ戻る