- 2026-6-23
- コラム
- 81年前の今日、1945年6月23日は「沖縄慰霊の日」陸軍第32軍司令官の牛島大将(中将)、長参謀長ら司令部が自決し、組織的戦闘が終わった日とされています はコメントを受け付けていません

ども、のすたる爺です。
今日は沖縄慰霊の日。戦死者、犠牲者、敵兵も含めた戦没者に対して哀悼の意を示すべき日に、左派はヤジや怒号、慰霊会場外では道路選挙や職員への暴行など、慰霊や平和活動とは程遠い愚行というか悪行。こういう日くらい対立をやめて一枚岩になるべきじゃないんでしょうか? きっと、日本人の心というか人の心を持ってないんでしょうね。
沖縄戦では。軍が民間人に自決を共用したり、降伏した民間人を情報漏洩も器具や支援物資目当てに殺害したといった話もありますし、軍の非道ぶりを批判するのもわかります。が、そればかりを取り上げて論じるのは「木を見て森を見ず」で、局面ごとに様々な考察ができると思います。
私は常々、大本営(陸軍参謀本部・海軍軍令部)及び鈴木貫太郎首相も含む、各戦時内閣には批判すべき点が多くあり、とても支持や賛美などできませんが、現場指揮官および将兵には一定の敬畏を持ちたいと考えています。国のために戦ったことは事実ですし、歴史という時系列で見た場合、今の人達があるのも過去の積み重ねあってこそだと思うからです。
牛島満大将、割腹自決は当時としては至極当然だが…
やはり、外地ではなく国内での戦闘なので、降伏して国内を動揺させるわけにもいかず。今の価値観で考えれば、降伏して敵の物資を浪費させたり、内部情報を逆に掴んだりとかどうとでも言えますが、日本軍人としての気質が、そういう考えに至らせなかったんでしょう。「多くの部下を死なせたため地獄行き」だとも逸yrますからね。ただ、「最後迄敢闘し悠久の大義に生くべし」と遺訓を残して戦闘終結ではなく継戦を指示したことは、今の価値観からすれば賛否の別れるところでしょう。。

長勇中将、参謀長として牛島大将とともに自決したが…
現場に出ていない参謀には。戦後まで天寿を全うした人もいますが、現場指揮の責任をとり自決。これを見事と呼ぶのは今の時代としては違和感もありますが。参謀経験が豊富でありながら豪快な性格の猪突猛進型の軍人だったようで、戦時国際法を軽視するといったステレオタイプな陸軍軍人な側面もあり、沖縄戦で持久戦に徹する方針を転換し、嘉手納および読谷飛行場を奪回するため散発的な突撃を繰り返し実行させ、牛島司令官の第32軍の戦力を大きく削ぐ結果となったのは。明らかに汚点。沖縄戦の早期終結に繋がったという皮肉でもありますが、犠牲者がおり敗戦なので、到底看過できない愚策だと思いますね。


メンヘラでゲーム業界引退に追い込まれた“しくじりゲームクリエイター”です。現在は障害者雇用農園で農作業に邁進中。玩具、ボードゲームの愛好家。老後に同好のでも集まったら、常設のボードゲームスペースでも開きたいとも思ってます。









