自分の幸せとは~産まれる時代と環境は選べない

  • 2026-1-4
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ども、のすたる爺です。

2026年1月4日、この世に生きる者にとって時間は等しく流れます。

正確には、超高速な乗り物に乗っていたりすれば、ウラシマ効果で他人と流れる時間の速度は変えられますが、野暮なんでそういうツッコミは無しで…

急にスピリチュアルに目覚めたわけではなく、ふと自分の人生を考えて幸せというものを改めて考えてみました。いや、まったく年を取ると過去に縛られがちになって嫌ですね。

私は今、自分が不幸だとは思っていません。もちろん、子供の頃の夢を叶えてはいませんし、若い頃に描いた未来予想図とも違っています。振り返れば幾つもヤーニングポイントとなる人生の転機はありましたし、ifを妄想することもあります。

自分は運が悪いと思えば、少しは溜飲が下がりますし、自分を慰められるかもしれません。が、過去は変えられませんし、運が悪いと他責思考になっても未来は拓けません。別に達観したわけじゃありませんが、5年以上先天的な障害を持つ人に囲まれて仕事をする中で人生観は変わりました。

ただ、今の自分は人生の折り返しを過ぎてるわけで、未来への希望だけを追い求めるフェイズは過ぎています。なので、ある程度先に目標を立てて、そこから逆算で日々を大切に生きるというのがいいいのかなと前向きに捉えています。

ここまで思うままに勢いで書いてきましたが、肝心な主題とズレて本来書きたいことを書けてないという。本末転倒な流れに。ここで、やや強引に流れを戻します。

よく、「産まれてくる子に親は選べない」なんて言われますが、時代や性別、国や身分などすべてが選べませんよね。なので、ガンダムでガルマがシャアに「己の生まれを呪え」って言われても困っちゃいます。過去や未来に思いを馳せるのは否定しませんが、そこに不満を持つ前に生まれた時代ごとに幸せの基準自体が変わってくるので、時代に合わせた幸せを追い求めればいいんだと思います。

例えば、昭和生まれの私は、終戦から干支が二周した高度経済成長期でした。テレビも全世帯がカラーテレビじゃなかったし、録画機器はおろか録音機器すら貧弱でした。親が公務員の家庭だったので、特別裕福ではなくても極端な貧困世帯でもありませんでした。この点は両親に感謝してます。

なので、好きなもの興味の湧いたものも時代を反映してたし、能動的に選ぶというよりも一方的に与えられる受動的な情報から取捨選択していくというのが本音。ある程度成長し能動的に動ける年齢と(テクノロジーを含めた)環境が整った学生時代になってようやく自分から情報にアクセスできるようになった感じですね、なので情報取得が容易な今の時代が羨ましくもありますが、時間をかけて目を養える時間があった自分の時代も悪くないなとも思ってます。

なので、ジェネレーションギャップを悲観することなく、時代に沿った幸せを求道したいと思います。

駿河屋フィギュア

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