- 2026-2-7
- 政治関連
- うっかり忘れていました、2月7日は「北方領土の日」 はコメントを受け付けていません

ども、のすたる爺です。
衆院選に気を取られていて、肝心なことを忘れていました。領土が確定したのが軍事的ではなく外交だったので、つい忘れてしまいますね、昭和kids的には地上波のテレビCMでも政府広報が流れてた記憶があります。最近地上波見てないので、現在は知りませんが。
北方領土不法占拠の顛末
1945年(昭和20年)ヤルタ会談での対日参戦の密約を元にソ連が、終戦間際の8月8日に日ソ中立条約を破って宣戦布告、翌8月9日に侵攻してきたことに端を発します。遡ること4月5日にソ連政府の条約破棄の声明があったが、条約の第3条に基づけばあと1年間は有効なはずだとぼ日本の反論に、ソ連側も日ソ中立条約は期限切れとなる1946年(昭和21年)4月25日までは有効であることを認めている。が、ドイツが降伏した時点でソ連が冬までに侵攻することを警戒ではなく、直ちに抜本的な対策をしてればと惜しまれるが、無い袖は振れないが故の楽観視でソ連を信用してしまったんだろう。
日本がポツダム宣言を受諾し無条件降伏した後もソ連の侵攻は続き、北方四島(択捉、国後、色丹、歯舞)に侵攻・不法占拠しました。8月18日の占守島(しゅむしゅとう)戦闘を皮切りに、武装解除後の8月28日から択捉島に上陸し9月5日までに四島を無血占領し、その後日本人島民を強制送還。この侵攻が現在に続くロシアの不法占拠の根源となっています。
北方領土とは、文字通り日本の北方に広がる領土のことで、日本政府の見解では北海道の北東にある択捉(えとろふ)島、国後(くなしり)島、色丹(しこたん)島、そして歯舞(はぼまい)群島を指します。
昭和20年(1945年)以来、ロシア(旧ソ連)が武力によって占領・実効支配していますが、日本政府はその返還を求めて続けています。
ロシアに奪われてしまった北方領土の返還を求める国民の世論を盛り上げるために制定された「北方領土の日」が2月7日となったのは、江戸時代末期の安政元年(1855年)12月21日に調印された日魯通好(にちろつうこう。魯=露)条約に由来します。
「あれ?12月21日じゃないの?」思わるかも知れませんが、当時は旧暦(太陰暦)を用いており、現代の新暦(太陽暦)で2月7日に相当するため、親しみやすい2月7日となりました。

メンヘラでゲーム業界引退に追い込まれた“しくじりゲームクリエイター”です。現在は障害者雇用農園で農作業に邁進中。玩具、ボードゲームの愛好家。老後に同好のでも集まったら、常設のボードゲームスペースでも開きたいとも思ってます。









